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ニーズがウォンツをソリューション(作:ひのきだに)
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前の日記の続きはそのうち書きます。

今日は違う話を
4月にいいノートを買おうと思って、MOLESKINEのノートを買いました。
おれはびっくりするほど字がきたないんですが、そこは気にせず、思いついたことはなんでも書くようにしています。moleskine.JPG


それをぱらぱらと見てたら、面白いこと書いてたので書いてみます。






8月2日(2006年)
ゲド戦記を見に行く。万博でやるような環境映画を思い出させる作りで不満足。
でも、ちょっと気になったことがあった。
ゲド戦記では「真の名」が一つのテーマだった。ほんとの名前を知るということはその肉体、魂を支配することであるとのこと。
この原作はヨーロッパであることを考えると、古代西洋ではそういう考え方が一般的だったんだろうか?
そういえば、おととい、よーすけこじょうと見たエミリーローズという悪魔払いがモチーフの映画でも同じようなことを言っていた。つまり、悪魔払いの際に悪魔に名のることを命じていた。

ふーん。

でも、ガラスの仮面(おれが大好きな少女漫画)に出てくる紅天女(芝居の名前。この漫画で生まれた話なのですが、最近、能で演じられファンの間では密かな話題を呼びました。舞台は古代日本)では、名前の意味はなかった感じだった。
紅天女の劇中での、梅の木の精霊、
阿古夜の台詞「この世で名を持つのは人間のみ。神の名は名ではなく、その働きそのものであったのだ。名とはその本質のこと」といい、記憶を失った主人公に自分の名前を思い出すことは重要でないと語る。こっちでは名前は魂じゃなくて、本質なだけか。
うーむ。ちがうもんだ。

どちらにしても名前とは字が先にあったものではないはず。
「音」としてのその人の存在を示すもののはずだ。
じゃあ、宗教的な考えの違いか。
うーん、わからん

興味があるけど、ねむいのでおわり。



という日記でした。
言葉は「言の葉」というぐらいだから、日本でも軽く見たはずはないのだけれど、西洋的な名前の観念とは違いが見られるようです。

まあ、漫画と映画からだからどこまで信憑性がある話かわからんけど、こういう話はすべて風土に帰着するのだと思います。

もっといえば、起源問題。
そう考えると、調べるのに途方もない努力がいるので萎えました。

うーん。
よし、ちょっとづつ、知識を増やしていこう。
あんまりむりするな、おれ。
よし
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あだ名も気になっちゃうね
デスノートの発想も西洋的なものだもんね。たしかに気になるね。なんとなくだけど、日本の場合はその人の魂や本質よりも、生まれのルーツ(場所や季節、時間など)や自然との関わり、希望などが含まれている気がします。だから、言葉のもつ意味や音の響きをすごく重視している気がします。アルファベットとは違って、一字にも意味があるから、そのあたりで名前の概念が違ってくるのではないっすかね。

ってか、このブログのコメント欄、ちっこいから長めの文章書きにくい!
大王 2007/01/22(Mon)11:34:42 編集
あだ名はなんなんすかね。
コメント欄すごい小さいっすよねー。

そうですね!!!
そうそう、東洋はすごく自然に根ざした感じなんですよ。
希望っていうのがいいですね。

アルファベットは、スペリングしないと意味がでないですからね。
そうか、文字列がそろうことに意味があるわけですね。

ふむふむー。おもしろいー。

しかし、この欄ほんとに小さいー
管理たかりんく 2007/01/22(Mon)11:41:54 編集
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プロフィール
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オチタカユキ たかりんく
年齢:
35
性別:
男性
誕生日:
1982/07/13
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会社員
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趣味を増やすこと
自己紹介:
通信系の企業で働いています
今年からはフジテレビの見えるビルでノビノビしてます。夜景がきれい


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