ニーズがウォンツをソリューション(作:ひのきだに)
おはようございます。
最近、ブログという存在を正しく使うにはどうすればいいかということを考えます。
インターネットはいわば、地球最大の共有ネットワークです。
ここに日記をあげていくということがどういうことなのかをよく考えます。
あほかい。考えることなんてないやい
と思うかもしれないですが、こんな便利なものを意味も考えずに使うことのほうが危険な気がします。音楽にも理論があるがごとく、考えるべきことは多いのではないかと思うわけです。
いまさっき、テレビで事故や殺人、結婚、離婚、社会問題の話を聞きました。
こういったメディアが出す情報は一方的です。真実であることには変わりないのでしょうが、フィルターがかかっているような気がしてしまうわけです。真実とはなんなのかわかりませんが。
ニュースの内容を読み解けば、今の日本では個人の道徳による行動の決定権が広がり過ぎ、いままでの国民性ではカバーしきれないことが増えてきているような印象を受けました。日本は「美しい国」ではなく、「道徳のない国」なのではないか、とも言えそうです。
しかし、インターネットによって世界はフラット化しているといっても過言ではなく、今からますます「個」という考え方が広がっていくことは必至です。
自分の周辺のことも判断も対処できないのに世界と繋がるなんて、なんと恐ろしいことでしょう。
まあ、どうしましょう。
そのために、インターネットと常に関わりを持ち、考えつづけることを自分に課すことにします。
自分自身どう考えればいいのかもわかっていませんが、このスペースを自分の知的スペースにして、日々の精進に利用したいと思っています。
でも、ここまで書いといて意見をいわないのもおかしいので一つ歌を紹介します。(それも変だけど)
これは鎌倉時代のお坊さん、慈円の歌です。
ひきよせて むすべば柴の 庵にて とくればもとの 野はらなりけり
「庵」とは草木を結んだりして作った質素な小屋のことで、僧や世捨て人などが仮ずまいとしていたそうです。庵は「建設する」とはいわず、「結ぶ」といった。(「日本人のための宗教原論」から抜粋)(やった!!やっと紹介できました。)
インターネットとはまさにこういうものなのだと思うわけです。
考えていることを文章にできないので、うまくは語れませんが、
あるようで、ない
ないようで、ある 存在
物事の根本原理にそった存在であると考えています。
後は使う方の問題なのです。
そういう意味でも世界はまさに個人による取捨選択の時代に突入したといえます。
最近、ブログという存在を正しく使うにはどうすればいいかということを考えます。
インターネットはいわば、地球最大の共有ネットワークです。
ここに日記をあげていくということがどういうことなのかをよく考えます。
あほかい。考えることなんてないやい
と思うかもしれないですが、こんな便利なものを意味も考えずに使うことのほうが危険な気がします。音楽にも理論があるがごとく、考えるべきことは多いのではないかと思うわけです。
いまさっき、テレビで事故や殺人、結婚、離婚、社会問題の話を聞きました。
こういったメディアが出す情報は一方的です。真実であることには変わりないのでしょうが、フィルターがかかっているような気がしてしまうわけです。真実とはなんなのかわかりませんが。
ニュースの内容を読み解けば、今の日本では個人の道徳による行動の決定権が広がり過ぎ、いままでの国民性ではカバーしきれないことが増えてきているような印象を受けました。日本は「美しい国」ではなく、「道徳のない国」なのではないか、とも言えそうです。
しかし、インターネットによって世界はフラット化しているといっても過言ではなく、今からますます「個」という考え方が広がっていくことは必至です。
自分の周辺のことも判断も対処できないのに世界と繋がるなんて、なんと恐ろしいことでしょう。
まあ、どうしましょう。
そのために、インターネットと常に関わりを持ち、考えつづけることを自分に課すことにします。
自分自身どう考えればいいのかもわかっていませんが、このスペースを自分の知的スペースにして、日々の精進に利用したいと思っています。
でも、ここまで書いといて意見をいわないのもおかしいので一つ歌を紹介します。(それも変だけど)
これは鎌倉時代のお坊さん、慈円の歌です。
ひきよせて むすべば柴の 庵にて とくればもとの 野はらなりけり
「庵」とは草木を結んだりして作った質素な小屋のことで、僧や世捨て人などが仮ずまいとしていたそうです。庵は「建設する」とはいわず、「結ぶ」といった。(「日本人のための宗教原論」から抜粋)(やった!!やっと紹介できました。)
インターネットとはまさにこういうものなのだと思うわけです。
考えていることを文章にできないので、うまくは語れませんが、
あるようで、ない
ないようで、ある 存在
物事の根本原理にそった存在であると考えています。
後は使う方の問題なのです。
そういう意味でも世界はまさに個人による取捨選択の時代に突入したといえます。
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プロフィール
HN:
オチタカユキ たかりんく
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1982/07/13
職業:
会社員
趣味:
趣味を増やすこと
自己紹介:
通信系の企業で働いています
今年からはフジテレビの見えるビルでノビノビしてます。夜景がきれい
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